従弟から一つの腕時計を見せられました。
三十数年前私から貰ったというクロームメッキでシンプルなデザイン。
その腕時計を見た瞬間、懐かしいおもいがわいてきました。中学進学の記念として父に買ってもらったものだったのです。セイコーの17石、手巻き腕時計、確か当時2800円だったこともよく覚えています。
私はそれを彼に譲ったことなどすっかり忘れていました。
おもえば、この腕時計と再会するのはこれが始めてではありません。
それは中学三年生のことです。
そのころ校則で禁止されている腕時計を、私も隠し持って学校へ行っていました。授業中、後ろの席の同級生にせがまれ、そっと見せただけの腕時計が返ってこなくなりました。何度か返すようにと彼に言ったのですが、返事は「しらない」のいってんばり。当時の公立中学では、こういうことやけんかなどはそれほどめずらしいことではありませんでした。私はどういうわけかこの出来事にはあまり動じず、そのうちに返ってくるだろうとしばらく構えていました。
一ヶ月ほどが過ぎたある日、突然、私の家の玄関先にあの同級生が立っていたのです。そして、私に申し訳なさそうに腕時計を差し出し、素直にあやまってきました。
がっしりした体格でやんちゃな彼が、今日にかぎってみょうに大人しかったこと。そして、そのときの同級生に何があったのか。それは未だに想像もできない不思議な出来事でした。
再々会できたセイコーの腕時計は、文字盤のガラスも皮ベルトも新しいものに替えられ、ピカピカ光って幸せそうに時を刻んでいます。
亀村 俊二
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