遠い記憶 <家>



私は小学生の頃、今から思えば以外なほど積極的で、男女をとわずクラスのほとんどの生徒の「家」へ遊びに行っているような子供でした。
4年生のある日の学校帰り、同級生のO君と意気投合して遊ぶうち、彼は小さな声で「家に来いひん?」と僕を誘いました。
O君は色白で鼻から頬にかけてのそばかすが愛嬌の小柄でおとなしい生徒でした。

僕は彼の「家」へ行くのは始めてです。
おおきな橋を渡りきると彼は急いで橋のたもとの急な階段を降りてゆきます。
僕も後を追って降りて行ったのですが、彼の「家」はその橋の下で、古い板を集めて作っただけの小屋だったのです。それを見た僕は、はっとしましたが、誘われるままその小屋の中に入りました。
そしてO君は彼の家族のことなど真剣なまなざしで話しをしてくれました。僕はO君の「家」を見てしまったことで、彼との関係が変わったことなど、ひとつもなかったと感じていました。

そのことがあってからしばらくして、O君はどこかの小学校へ転校していきました。
そして程なくO君からの便りがあり、僕は彼と会いました。

「僕の家に来いひん?」

僕はまた誘われるまま、歩いて1時間程の道のりを彼についてゆきました。こんどは、織機の音が聞こえる昔ながらの家々が並んだ一角にありました。表でお好みを焼いている駄菓子家で、二階の部屋がO君のこんどの「家」でした。斜めになった低い天井、むしこ窓が妙に明るかったことを覚えています。

そして40年後、偶然に街でO君と出会いました。お互い時間がなかったので長い話しはできなかったのですが、O君がそっと名刺を差し出して言いました。

あの、懐かしい声で、「できれば、いちど来て」・・・と。

亀村 俊二

カテゴリー: photo essay   パーマリンク

コメントは受け付けていません。