東海道新幹線にて



先日、東京行きの新幹線に妻とふたりで乗ったときのことです。

列車は静岡駅に着きました。そこで、アナウンスがあり 「車内に急病人がでました。ご乗客の中にお医者さまがおられましたら、3号車まで至急おこしください。」

突然、通路を挟んだ臨席の50代半ばの男性は立ち上がり、駅弁の箸を放り出して列車の後方へ向かいました。
「今の人、お医者さんかなあ」と妻と顔を見合わせ心配していました。
列車は20分ほど遅れはしましたが、ようやく走り出し程なくその男性も帰ってきました。

彼が席に戻るなり
妻 「お医者さんですか。」
男性 「あっ、はい、小児科医です。」
妻 「ありがとうございました。」
男性 「それほど、役にたちませんでしたが。」
と控えめな返事が返って来ました。

騒然としていた車内も平常に戻り、安堵の空気が漂いはじめました。
「先ほどのお医者さまおられましたら、乗務員にお声がけください。」と車内アナウンスは何度も繰り返されます。

しかし隣の席の男性は黙々と食べかけの弁当を口に運ぶばかり。通り過ぎて行く乗務員たちには、なかなか医者の彼を見つけることがで来ません。
彼もそのまま名乗り出ることもなく、車窓には雪を頂いた富士がうす雲に見え隠れして、そして何もなかったかのように新幹線は走り続けていました。

亀村 俊二

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