昔、妻と富山県の山間のある町を旅したことがあります。 町の中央にはきれいな川が流れその古い町並みは小京都のようでした。
私たちは町のようすを写真に撮って歩きまわりました。
表通りからはずれて裏通りに迷い込み、うろうろしていると 古く傾いた造り酒屋を見つけました。
地酒でもあればと、引きつけられるように入っていきました。 外は明るい日差しだったこともあり、吹き抜けの玄関は目が慣れるまでにいっそう暗く感じました。
少したつと傷んだ土壁の前に酒瓶の並んでいるのがぼんやりと浮かび上がって来ました。どれにしようかと迷っていると、店の奥から透き通るような肌をした美人が 出て来て親切に応対をしてくれました。
そのうちの一本を土産として買って店を出たのですが
私も妻も今遭った美しくあか抜けたあの女性がこのような山奥の造り酒屋になぜ嫁いで来たのかと思いめぐらせました。 なぜか、もの悲しい小説の主人公にでもめぐり遭ったような気にさせられたものでした。
あれから30年、造り酒屋の白い肌をもった女性は今もあの山間で幸せに暮らしているのか・・と ふとしたことから思い出し、また気になり始めたのです。
そしてもう一度あの町へ行くことにしました。
幾度か道を間違えたものの意外と早くあの造り酒屋に辿り着くことができました。 古びた木造の店は以前とほとんど変わりなくそこに建っていました。
不安な気持ちで中に入ると崩れかけた土壁の前に置かれたしょうぎの上に瓶が数本並んでいてほの暗い奥の間に女性が座っていました。
私たちが入って来たのに気づくと土間に降りて来て、もの静かに応対してくれました。
確かに30年前のあの女性でありました。
女性がどのような暮らしをしてきたのか、当然、私達には解りません。 歳の頃なら七十過ぎ、歳月を重ねて来られたその美しさは今も変わりませんでした。
以前、買った酒と同じものを一本買って店を出ました。
外は明るい日差しでいっぱいでありました。