遠い記憶(サンライズパン)



昭和30年頃です。
私の家の裏の神社の角を曲がるとバス停があり、その前に小さなパン屋がありました。
私は祖母から5円玉を一つもらって、いつもは別の方向にある駄菓子屋へおやつを買いに走るのですが、その日に限って10円貰って、私はバス停前のパン屋に向かって走っていました。

確か晩ご飯までには少し時間がありました。
よほどお腹がすいていたのか10円貰って嬉しかったのか、いつもはそこで森永のキャラメルを買うことに決めていたのですが、その日はパンを買ってしまいました。

サンライズパン(現在のメロンパン)を買って店から出ると、バス停にバスが止まりました。
なにげなくバスから降りる人々を眺めていると、いつも夜遅く帰宅するはずの父が、早く仕事を終えたのか、そのバスから降りてきたのです。

私はとっさに今買ったサンライズパンを体の後ろに隠し、父を迎えていました。食事前にパンを食べて叱られることを恐れたのではなく、腹を空かせて仕事から帰って来た父に、子供心に申し訳なくて今買ったパンを見せることができなかったのです。

たぶん私が両手を後ろにまわしなにかを隠し持っていたことを、父は知っていたと思います。
前後することもなく並んで家まで歩く少年と父、後ろに廻った小さな手にはサンライズパン。

そんなけっして自分では見ることのない背後からの映像を、私は何故かはっきりと記憶しているのです。
しかし家に帰ってからの、あのパンがどうなったのか残念ながら思い出せないままなのです。

亀村 俊二

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