父の臨終



私の父は晩年胸の病で入退院を繰り返していたのですが 6年前の春の入院が最後でした。
当時、私は仕事が忙しく出張撮影に妻とともにあちこちと出かけ不規則な生活をつづけていました。父の入院した病院は幸いにも私の家の近くだったので 京都にいるときは朝に必ず病院へ行って父と会っていました。

父は薬の効かない胸の病と高齢ということもあって日に日に弱ってゆきました。 ある時、院長先生が私たちにレントゲンフィルムを見せて病状を説明されました。

「お父さんの肺は20%も機能していませんね」

確かにレントゲンで見ると父の左右の肺はほとんど形をなしていません。 心臓といえば空気の抜けたヨウヨウ玉のように細く長く写っているではありませんか。

「先生、本人はしんどいですか?」
「いや、脳に酸素がいきわたってないので、あまり感じられてないでしょう」

私たちは院長先生のその言葉を聞いて少し安心しました。 父は目尻に涙をためながら何か言いたげに合図をおくります。 私と妻は父の口元に耳を近づけ、か細い声を聞くのですが あるとき、はっきりと父の言葉が聞き取れたのです。

「はよ、死なしてえな」

私たちは父のその言葉を聞いてしまって、涙しました。 涙して、そして父の耳元で言いました。
「お題目唱えたらええねん」 「お題目お唱えしたら・・・」

父はそのことがあってから数日後に死にました。
私と妻が朝早く父に会って「待っててや、撮影に行ってくるしな」 といって出かけた後のことでした。 私は父の言葉を聞いてしまったあの時、少しでも長生きしてほしかったのか、またそうでなかったのか、矛盾するこころの決断を、今も後悔はしておりません。

父の七回忌にあたり、ふっと想い起こすこころの中の出来事でした。

亀村 俊二

カテゴリー: photo essay   パーマリンク

コメントは受け付けていません。