ああ・・・



 

 

 

 

 

 

 

私の写真スタジオでは、長年ドイツの有名な陶磁器をカタログ用に撮影する仕事をしてきました。コーヒーやティーカップ、花瓶や置物の人形と美しい模様が施された立派な品物を預かりそれを厳重に梱包された箱から取り出し撮影してまた元の箱に仕舞うという繰り返しの仕事です。この仕事が始まった20年前は輸入元の会社から撮影の立ち会いに来られて手慣れた人が箱からの出し入れをしてくれていたのですがいつの間にかすべてを任されて撮影を引き受けるようになっていました。あるとき複雑な形で細かな花びらがたくさん施された人形の撮影をしました。無事に撮り終えて箱に静かに入れたとき底の方でピンと何かのはじける音がしました。取り出してよく見てみるとほんの小さな5mmほどのかけらが落ちていました。20年間やってきて初めてのことです。すぐに担当者に連絡すると、修理も出来るからそのままにしておいたらと言ってもらったのですが僕の気持ちとして黙っている訳にはいきません。数日後、会社に事情を説明して謝って来ました。弁償するか何らかの連絡があるだろうと思っていたのですが会社からはいつものように、いや、いっそうどんどんと新しい撮影が舞い込んで忙しい日々が続きました。
ある日、会社から電話がありました。それは今までの撮影代金は払えないとのこと。それ以来20年間続いた撮影の仕事はお互いの信頼とともにぴたりと無くなってしまいました。
あのときの小さなキズを隠しておけばこんなことにならなかったのか・・ごまかしておけばよかったのか、正直に言った方がよかったのかああ、どのようにして生きて行ったらよいのかと思い悩まされる出来ごとでした。

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