遠い記憶・映像

昭和30年前後のことです。

その頃のぼくには忘れられない出来事があります。兄に手をひかれて兄の友達のうちに遊びに行った時のことです。

兄は友達の家の玄関まで来ると、突然「おまえ、ここから帰れ」と言ってぼくを閉め出して、その家の中に入って行きました。

ぼくは一人で帰ることになってしまったのですが、果たして何処をどのように歩いたのか、ぼくの家から反対の方向に歩いてしまっていました。夕暮れになって、泣きながら歩いていたのでしょう。そこで見知らぬ農家のおばあさんに声をかけてもらいました。

泣いているぼくに「どこから来たんや」「家はどこや」
ぼくは「わら天神」「大亀さんのうちのまえ」とおばあさんに云いました。

覚えたばかりのぼくの家の住所も正確に言ったようにもおもいます。ぼくの家の側に「わら天神」があり、おもしろいことに「亀村」の家の向いが大工の「大亀さん」の家なのです。ぼくはおばあさんに連れられて夕闇迫る道を家まで送ってもらいました。玄関の戸を開けると、オレンジ色に燃えるおくどさんの火に照らされて、母がお釜のご飯を炊いていました。

兄に「ここから帰れ」と言われ、兄の閉める戸が目の前で今にも閉まろうとする映像、「大工の大亀さんのうちのまえ」とぼくが泣き泣き云っている様子。「おばあさん」に連れられて歩いた道、そして「母の顔を照らしているオレンジ色の炎」が遠い記憶として残っています。

あの「おばあさんの顔」は、長い間心の中で憶えていたのですが・・・。

亀村俊二

カテゴリー: photo essay   パーマリンク

コメントは受け付けていません。