ごろせ川 Ⅱ



小学生の頃、私の家には数匹の猫がいました。
いつも庭の大きな樫の木の二股でじゃれ合ったり昼寝をしたり
ところが毎年のように春ともなると子猫が産まれるのです。
今では考えられないことなのですが、当時の世間では子猫が産まれて貰い手がないと
段ボール箱にいれて人目に付く場所にこっそりと置いておくか
産まれたてのそれを川に流してしまうかどちらかであったようです。

私の家も子猫が産まれると母は困っていました。
そして、夜になると母はそれをもって何処かへ出てゆくのです。
朝になると子猫は何処にもいません。
ただ、母猫が子猫を探してニャーニャーとないているだけでした。

またいつものように、子猫が産まれた夜のことです。
母が私を呼びました。
「俊ちゃん、猫、捨てて来てえな」
私は母の言うことを素直に聞く子供でしたがこのときばかりは
「いやや」と素直に聞くことが出来ませんでした。

何度も懇願する母に根負けして、とうとう首を縦に振って
「うん」と言ってしまった私は、母の次のことばに耳を疑いました。
「ごろせ川に、捨てて来てくれたらええのや」
四、五匹の子猫は包まれた新聞紙の内側から柔らかな爪音をたてて
ミャーミャーとないています。

私は遠くに灯る電柱の明かりをたよりにごろせ川まで暗い道を歩いてゆくのです。
そしてザーっと音をたてて流れる暗闇の川に投げ入れたのです。
その包みは暗渠となった川にすいこまれてゆきました。

今になってもふっとした折りに、「ごろせ川」でのあのことが思い出されます。
そしてそのとき、小さな声で何度も

「お題目」をお唱えする私なのです。

亀村 俊二

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