小説「海岸列車」より



京都駅から山陰線に乗り城崎で各駅停車に乗り換えると 海岸沿いを走って五つ目の駅に「鎧」(よろい)があります。
私はほぼ30年前にその鎧駅を訪れたことがあるのです。 何故そこに行ったのか
何の計画もなかったのですが
国道沿いに車を走らせると「鎧駅」と書かれた標識が目に入って来たのです。
私はなぜか「鎧」の文字にさそわれるように 国道から脇道にハンドルを切りました。
狭い山道をほんの少し走ると二股に分かれ、右の坂道を下って民家の間を過ぎると漁港に出ます。
左の道をまっすぐ進むと鎧の無人駅につきあたります。
駅は小高い位置にありそこから遠くに見える日本海を眺めると
湾を挟むように左右に山が迫り、眼下には漁村の家々が寄り添って立っていました。
そこはなんだかほっとする山陰の海岸風景で 暫く佇んでいたいと、そんな気持ちにさせる不思議な場所でした。

私は作家の宮本輝さんが好きでよく小説を読ませていただいてます。
「海岸列車」を読み始めた2ページ目に突然あの「鎧駅」が現われたのです。
自分の目を疑いました。

「なんで」「なんで鎧駅」

近辺に住まう人々以外誰も知らないような無人駅「鎧」が小説に
宮本輝さんも「鎧駅」に立って見るあの風景が忘れられなかったのか・・・

私は「海岸列車」を読み終えもう一度「鎧駅」にゆくことにしました。
今度は小説のとおり各駅停車に乗って「鎧駅」に降り立ちました。
そして上り列車が来るまでのほぼ1時間、そこで過ごすことにしたのです。

昨夜から降りつづく雨の中、まあるく見える湾を鳥瞰しながら写真を撮っていると
あの小説「海岸列車」のひとコマのように
眼下には数匹の鳶が海から吹きあげる風に乗って悠然と舞っていました。

亀村 俊二

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